昔の写真を振り返ったついでに・・・
アメリカンマッスルの写真を見て記憶をたどる・・・自動車免許を取得する前から先輩方の影響を受け
オートバイを早めに降りてアメ車に移行したのですが始めて購入した1963年インパラ ゆったりクルージングをすると言う何とも言えない優越感、爽快感があった車ではあるんですが
当時からアメ車のイベントに遠征し色々な衝撃を受け 走ると言うことに興味が出てきたので マッスルカー を探し探して色々日本を回った!
当時まだ地元でもストリートで0−400mを行動でしていたことの記憶にある 峠を走ったりゼロヨンしたりと今考えるとめちゃくちゃです。
マッスルカー がほしいと思い色々勉強。国内のアメ車雑誌を色々見ながら アメリカから洋書を輸入し拝見していると
transam レース車両に興味が!
シボレー車両は先輩が乗っていたと言うこともあり 被らないように違う車種マスタングに興味が出る。 しかし普通のマッスルカー は見ることはできるがトランザムレース車 ホモロゲーションと言う車は、なかなか見ることができなかった あるタイミングで69年マスタングboss302を見つけ見に行き 実際に試乗させていただけた! その時はすごくドキドキ知らない道を カタログのパワースペックを知識として知っていたのでどれだけ振り回されるのかと・・・・ しかし 調子が出ていなかったのか少し拍子抜け・・・*_*;
いとも簡単にあれ? イエローカラーのboss302ってこんなもん??とす〜〜っと冷めてしまったことを思い出す (今振り返ると大した原因ではないんだな〜〜と思い返す)
購入には至らずまた色々車両検索をしていると なんと地元にHEMI CUDAがいると言うことがわかり 見に行ったことも思い出す。
ハイインパクトカラーのマッスルカー 当時はさほど知識も無く wow hemiカーだすごい!とぐらいしか感じていなかったが 今思い変えると本当にすごい車だったり・・・ goウイングがついて ウレタンバンパーが前後について ナンバーズマッチのhemicarでレアオプションが付きすぎってぐらいの車 こんなの新車でオーダーした方がいて 何故か富山にあってと言う真実を振り返る。
それからmoparマッスルに興味が出て AARCUDAを探したのが始まりなのかもしれない当時 マッスルカー ショップが日本に数件あり 雑誌広告を見たりしても私のほしい
ライムライトグリーンの 4スピード車には巡り会えず アメリカミネソタ州にAAR クーダ ライムライトグリーンでブラックストロボラインが入りナンバーズで小ぎれいな車があるとしる まだアメリカをさほど知らず カリフォルニアやアリゾナの西海岸の車を探さなければボディが腐っているんではとドキドキしながら ミネソタ州から輸入
手直しは必要だったしても予算内でなんとか購入できる金額(思いっきり背伸び) ラリーホイールを純正に変更し。ウレタンバンパーだけはどうしても欲しかったので一生懸命探した コネクションを使いフロントのみしかこの時は見つからなかったが それでも満足!
この当時はまだ手がとどく範囲?の金額? 仲間が結構乗っていた 69チャージャーに69ロードランナー 70ロードランナーに70ダスター、71デーモン 72ダスター マスタングにカマロ 他にも色々いたのです。(写真探すのめんどくさい)
自分で所有し遠征にもみんなでツーリングしたことも思い出す。
希望通りのAAR cuda 4スピードで快適 NOパワーステアリング NOエアコンでしたがすげ〜〜満足。しかしマッスルスペック ファイナルギアが高すぎて高速も快適に走れるようにギアレシオ変更したり。1速がいらない感じだったので
変更後は高速バトルを440マグナムのチャージャーと良くしていました⭐︎
70AARはスモールブロック340−6 快適に高回転で回して楽しめたのですが高速ではビックブロック440のトルクに圧倒され
426hemiってどうなんだ!と興味が出て今に至る どうしても自分で体感して見たかった。
そして426hemiキラーという異名を持つ ビュイックGSXにも興味が出て現在に至る この当時から私はず〜〜〜と追い求めていたのです。lol
周りがマッスルカー がいいね!と行ってくれて この当時はアメリカによく行きましたよ!
しかし インターネットが無い時代 携帯電話がワールドウイングとかが出始めていたかな?? デジカメない時代 コンビニでオートトレイダー買ったり 新聞買ったり コネクション使ったりスワップミート行ったりと色々動いていた!
(つくりもんのAARだった記憶)
(スワップミートでエアグラバーボンネット抱えて歩き回ったことも記憶に)
(なんか若い)
(442なんて素敵じゃん)
(LT1 Z28カマロ)
(70boss302いつ見ても素敵)
(69ハーストオールズ気になる)
この当時はリアルな感じ♪ 実際に好きな車を見てオーナーさんと会話をしているとガレージに連れて行ってくれる ガレージにはコレクション的に車を数台、じゅう数台持っているコレクターさんにも出会ったり
私はコスパがあう車両は購入し業者に販売したりと言う感じの業務。アメリカで購入し直ぐアメリカで販売したりもしていた
自分がAARを持っていると言うこともありモパー なつながりもできたのですが あるレストア屋が悪いことをしている事にも気がつく ナンバーズマッチングの偽造です。 確かにできないことは無い VINナンバー オプションのタグ 作れるよね! もちろん犯罪ではあるのですが ドックだぐを作るのと同じ プレートに打ち込んで車につける。 エンジンキャスティングも打刻できる*_*; エンジンバラしてまで購入している方なんて 恐ろしい話です。 帰国して慌てて自分の車両チェックしましたよ〜〜 (私はセーフ)
それから自分はナンバーズマッチという事にさほど拘らなくなったのです。 というのも自動車は調子よく走ってくれるのが1番で 綺麗な車が好きな方は綺麗にレストアされていたり ボディコンディションを保っていたり トラディショナルな雰囲気があったりと色々ではあるんですが
ナンバーズにこだわると色々ややこしくなる。 ここのオプションが〜〜とか いくらこだわっても ビス1本まではオリジナルにこだわることはほとんど不可能。
そんな経験もありながらSEMAショーにも行っていたので すっかりナンバーズなんてどうでも良くなった!
衝撃を受けた車はたくさんいるのですが
この69マスタング bossルックの当時のレストモッドも素敵! 鮮明に記憶に残っている1台 確か2003年のSEMAであった車両です。
今の時代にもマッチングしていることは間違いない それがオールドスクールの良さでもある。 気分が変われば ホイール変えたりして楽しめばいいだけ!
もちろんオリジナルも良いのですがね
モパー ナショナルズ等も足を運びましたが ハイインパクトカラーレストレーションなんて見比べると色が違う同じピンクでもグリーンでも紫でも(他色々) しかしオーナーみんなが俺のはオリジナルカラーだという
自己満足で良いと私も思う。
また〜〜〜に昔を振り返るのも良いね! あの時代は良かったとは言いたくない。
あの時も今も 好きな事には変わりがない 価格の変動は少しはしているがそれだけの需要があるだけ
価格の変動はインターネットが世界に広まり大幅に変わった感はあるのですが それを自由に使える自分もいる。
普通にスーパーバード見た時も衝撃的だったな〜〜〜
フロリダに行った時も ショールームにあった車両台数に度肝を抜かされた*_*; 2000年ぐらいだったと思いますが この当時から高いものは高かった。
コレクターズオークションにも数回行った
日本のオークションと少し似ているところは現地で安く拾える物もある
しかし張り付いていないとそんな事にはあり得ないという事です。
この経験いつか役に立つ時が来るんかな〜〜〜
オーダーたくさん持って 現金たくさん持って アメリカ仕入れをしてみたい今日この頃です。 あとは全てタイミングかな??
仕事をやりながら記載しているので何かちんぷんかんぷんですが
とりあえず好きなものは好き ということで締めます。